高齢化が進む中で、認知症の方を取り巻く環境も変化しています。
政府広報によると、65歳以上の高齢者約3,603万人のうち、認知症の人は約443万人、軽度認知障害(MCI)の人は約559万人と推計されています。
認知症になると、記憶や判断力、実行機能などが低下し、これまで普通にできていた家事や日常の動作が難しくなることがあります。こうした背景から、医療的な対応や薬物療法だけでなく、**「できることを維持・活用する支援」や「暮らしやすい環境づくり」**が、ケアの質を左右する大切な要素となっています。
今回は、日常生活支援を次の4つの視点で整理し、それぞれで実践できるテクニックを紹介します。
① 環境・動作支援
② コミュニケーション支援
③ 役割・参加支援
④ 安心・安全支援
参照:政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本」(閲覧日:2025年10月22日)
https://www.gov-online.go.jp/article/202501/entry-7013.html
環境・動作支援のテクニック

動線・配置の工夫
認知症の方は「計画を立てる」「段取りを進める」といった実行機能が低下することがあります。
そのため、次のような環境の工夫が効果的です。
- キッチンやリビングでよく使う物は「一箇所・定位置」に整理しておく。
- 動線をシンプルにし、よく使う家具や物の配置を見直す。
- ラベルや色分け、写真付き表示などで「何がどこにあるか」を視覚的に伝える。
- 不要な装飾や物を減らし、「見通しの良い空間」を保つ。
こうした工夫によって、認知症の方が“見ただけで分かる”“次に何をすればいいか自然とわかる”環境を整えることができます。
支援動作の工夫:本人の“残存能力”を活かす
厚生労働省の政策レポートでも、「認知症の人は『何もできない』のではなく、保たれている能力を活かす支援が重要」と示されています。
実践のポイント:
- 作業を「一緒に」「段階を分けて」進める。
例:「まず炊飯器のスイッチを入れましょう。その間に私は野菜を切りますね。」 - ミスや時間がかかっても焦らず待ち、本人のペースを尊重する。
- 成功したときは「ありがとう」「助かったね」と声をかけ、自己肯定感を支える。
このような関わり方によって、本人が“受け身”ではなく“参加”できる支援になります。
定型化・ルーティン化
認知症の方にとって、慣れた手順や決まった流れがあることは安心につながります。
たとえば「毎朝、トイレ → 洗顔 → 着替え → 朝食」というように、同じ順番で行動するルーティンをつくることが効果的です。
支援者は、「いつ・どこで・何をするか」を本人が見通せるようサポートし、次の行動を自然に理解できるよう支えます。
参照:厚生労働省 政策レポート「認知症を理解する」(閲覧日:2025年10月22日)
https://www.mhlw.go.jp/seisaku/19.html
コミュニケーション支援のテクニック

シンプルでわかりやすい言葉で伝える
認知症の方には、短く明確な言葉が伝わりやすいです。
- 「今からご飯を食べます」「一緒に行きましょう」など一文ずつ話す。
- ゆっくり、相手の目を見て話す。
- 「まずこれをしましょう」「次はこれです」と順を分ける。
短く区切って伝えることで、相手が混乱せず安心して行動できます。
傾聴と共感の姿勢を大切に
認知症の方は、不安や戸惑いを感じやすいものです。
- 話を遮らず「そうだったんですね」と受け止める。
- 間違いを指摘せず、「大丈夫ですよ」と穏やかに対応。
- 同じ質問にも笑顔で繰り返し応じる。
“否定されない安心感”が信頼関係を深め、落ち着いたコミュニケーションにつながります。
言葉以外の伝え方も意識する
表情やしぐさ、声のトーンも大切なコミュニケーション手段です。
- 相手の正面に立ち、穏やかな声でゆっくり話す。
- 手や動作で示すことで理解を助ける。
- 笑顔やうなずきで「あなたを大切に思っています」という気持ちを伝える。
非言語的なサインを活かすことで、言葉以上の安心を届けられます。
役割・参加支援のテクニック

「役割を持つ」ことで自信を取り戻す
認知症ケアでは、「できることを任せる」ことが大切です。
お皿を並べてもらう、新聞を置いてもらうなど、簡単な家事をお願いするだけでも「自分にもできる」という自信や生きがいが生まれます。
過去に好きだったこと・得意だったことを思い出し、それを今の生活に合った形で役割化することがポイントです。
地域や社会とのつながりを保つ
日常生活の支援は、家庭の中だけでは完結しません。
散歩や地域行事への参加など、“人とのつながり”が心の安定につながります。
- 散歩時に近所の人へ声かけを促す
- 趣味や活動を支えるための移動・環境面の支援を行う
- 認知症サポーターや地域包括支援センターを活用する
厚生労働省も「認知症になっても暮らし続けられる地域づくり」を提唱しており、社会参加は本人と家族の双方に良い影響を与えます。
参照:厚生労働省「認知症になっても 安心して暮らし続けられる 地域づくりに向けて」(閲覧日:2025年10月22日)
https://www.mhlw.go.jp/content/001105697.pdf
安心・安全支援のテクニック

日常生活に潜むリスクを防ぐ
入浴・排泄・調理など、日常の動作にも転倒や火の不始末などの危険があります。
支援の工夫としては:
- 夜間灯を設置し、転倒を防止する
- 調理時は見守り、火やガスの消し忘れを防ぐ
- 出入口にブザーをつけて徘徊を防止
- 服薬カレンダーやアラームで飲み忘れを防ぐ
小さな工夫を積み重ねることで、安心して暮らせる環境を整えられます。
意思を尊重しながら安全を守る
安全の確保と同時に、本人の意思を尊重することも大切です。
- 支援内容を決める際は、「どうしたいか」をゆっくり聞く
- 「できない」ではなく、「どこまでできるか」を一緒に考える
- 危険を防ぎつつ、“やりたい気持ち”を活かす工夫をする
安心・安全を守りながら、“その人らしさ”を支える姿勢が、質の高いケアにつながります。
まとめ:支援者が大切にしたい3つの心得

認知症ケアの基本は、「できないこと」よりも「できること」に目を向ける姿勢です。最後に、支援者が意識したい3つのポイントを整理します。
- できることを見つけて活かす
認知症の方にも、必ず“できること”があります。支援者の都合ではなく、本人の視点で「どんな場面なら活き活きできるか」を探りましょう。できた瞬間を認め、喜び合うことが自信や安心につながります。 - 本人目線で環境・手順・言葉を整える
住まいや動線、声かけの仕方などは、“支援者にとって便利”よりも“本人にとってわかりやすい”ことが大切です。見通しを持って行動できるよう、環境や言葉の工夫を心がけましょう。 - 尊厳を守りながら安心を支える
支援とは「やってあげる」ことではなく、「一緒に考え、選び、支える」ことです。本人の意思を尊重しつつ、安全に暮らせるバランスを取ることで、“その人らしさ”を保ちながら生活を支えることができます。